今回は自衛隊の話をします。ある観光地を見学したあとに、スーパー銭湯(長沼温泉)へ行き、わが者の女性軍に劣らない名物女性マネージャーに会い、凄いお話を聞きました。「もう今はいない自衛隊の人たちが、震災直後に各部隊に分かれて、週に1回くらい入浴にみえましたが、日本の自衛隊は戦争をしたことがないんですよね。人を殺した事もないですよね、そんな若い隊員の皆さんが、被災地で死体の発見、片付けをやっているんです。それはもう悲惨で、言葉にも出ないんです・・・・」と、 日本では自衛隊・警察・消防に頼らざるを得ないんです。そういう国や国民をまもっている公務員の皆さんを、もっともっと評価すべきだと私は思います。
東日本大震災被災地を訪問してー登米市
その後、登米市のホテルに入り、今回のもう一つの目的である。わが社の10月にある感謝祭で同時に開催する東北物産展の情報収集のために、阿部登米市観光物産協会会長にもお越し頂き、資料を提供し、説明をさせていただきました。大変好意的で前向きに検討していただけることになりました。翌日は豊里町で夏祭りが行われていました(昼、よさこい祭 夜、ねぶた祭) 偶然にも参加することができて、会場ではテレビでよく拝見している小野寺自民党国会議員、布施登米市長、熊谷県会議員等々と名刺交換させて頂き、お話も少しさせて頂くことができました。阿部会長始めどの先生も大変気さくで温厚な表情が印象的でした。東北の人たちは概してそうなのでしょう。
今回は短い期間でしたが、目的を十二分に達成でき、本当に有意義で勉強になった2日間ですた。関係者全ての人に感謝感謝です。
東日本大震災被災地を訪問してー南三陸町
気仙沼から南三陸町(旧志津川町)へ向かう途中、たくさんの入り江や広い空き地等がありましたが、これらは全て集落の瓦礫が撤去されていて、説明を受けないとわからないほど何もありませんでした。
その後、南三陸町の市街地へ入りましたが廃墟と化した一部のビル以外はほとんど何も無い状態でした。ビルの屋上に車が一台ありましたが、説明によると津波の後の引き潮で運よくそこに乗っかり助かったそうです。そうでない車や人は全て沖へ引っ張られたということです。
防波堤のほとんどは破壊され、海岸線は1m以上沈み込み、ちょうど満ち潮になりつつあり、見学中も海水がどんどん陸地まで入り込んできました。
地震後何日かたって丘の上から眺めた時には、ほとんど跡形が無くなっていて、佐藤先輩は、自分の在所がなくなっていても諦めがついたそうです。 途中で何軒かガソリンスタンドだけは営業していました。
もちろん電気が無いために自家発電で給油をおこなっていました。10箇所あったところ、今は5箇所が細々と営業しているそうです。地下タンクが無事だからであり、やはりSSは大津波であっても災害に強いことが証明されたわけです。もしSSがなかったら、多くの車両の給油は遠くまで行かなければならず、大変な時間の無駄となります。
佐藤先輩が小学生のときにチリ地震で、6メートルくらいの大津波がやってきて、数百人の犠牲者が出たそうです。先輩は小高い丘に逃げて助かったそうですが、今回はその丘の倍の高さまで津波が押し寄せ、その丘に逃げ安心していた人達はすべて犠牲になったそうです。塩害によって、ヒノキや杉林が茶色に変わっていることから何処まで津波が来たかが分かり、本当に想像を絶する怖いものだと思いました。
奥のホテルが避難所になっています。テレビでも出ていました。
東日本大震災被災地を訪問してー気仙沼市
8月6日(土)7日(両日)、長男義啓と明治大学体育会フェンシング部のOBの佐藤昌市先輩の案内で、東日本大震災の被災地の一部である「登米市」「気仙沼」「南三陸町」を訪問しました。目的は
①現地の被災状況をこの目で確かめる事
②自分や会社としてどんな応援(義援金以外)が出来るか考えること
③被災地の要望を聞くこと
8月6日(土)の午前8時に東北新幹線で「東京駅」を出発し、 午前10時20分ごろ「くりこま高原駅」に到着し、佐藤先輩の車に同乗し、まず、気仙沼の同業者、気仙沼商会の高橋会長(東北昭和シェル会会長)に会うために出発しました。途中、海水浴場を見学しましたが、一面に広がっていた遠浅の砂浜は無く、堤防まで海水が近づき、コバルトブルーの澄んだ海以外は見る影もありませんでした。すぐ前の気仙沼線もズタズタに寸断されていました。
㈱気仙沼商会本社ですが、現在は使われていません。仮本社でお話を伺いました。
本社の隣の給油所は今だに水に浸かり、そのままで放置されています。
昭和シェル本社 酒谷課長(東北特約店復興支援担当)にも同席して頂き早速、お話を伺いました。気仙沼市は運動の盛んなところであり、(特にフェンシングなど)会長さんも体育協会の会長でフェンシングのことを良くご存知で、会社にも元選手が何人もいるなど、佐藤先輩を交えて当初はその話で和やかな雰囲気になりました。
私たちも陶磁器の産地であることを説明し、どんな援助ができるか尋ねましたが、その答えは、状況が時々刻々と変化していて、現地で欲しいものも変わり、一企業としてできることは殆んど無く、5ヶ月経った現在では、物資の補給は返って混乱してしまうため、側面から、観光物産品の販売や購入の方が現実的で即役立つような雰囲気でありました。
それよりもこの歴史的な大災害に対して、政府の対策や対応の遅れにより、復興が間々ならない状況に苛立ちを感ぜざるを得ません。会長さんの話の節々からも、先のことが読めない中で見切り発車しなければならない複雑な心境が窺えました。コンピューターをはじめ本社の全ての機能が破損している状況の中で、従業員の給料もとりあえず70%支払われているなど、会社の実態が掴めない中で仕事を続けざるを得ないことが、同じ経営者として本当に一大事で身を切るような思いだと拝察いたしました。

この土手の上に950トンタンク3本があった場所、奥には充填所、
給油所と思われます。テレビで放映されていたように、気仙沼市の多くは、破壊された石油やガスタンクから漏れた燃料に引火し、火の海になりました。そのため車の多くは燃えてしまった状態で残骸として残っていました。まだまだ手が付けられていない状況であることに大きなショックを受けました。とにかく想像を絶する凄い状況にありました。
左が酒谷昭和シェル課長、右は佐藤昌市先輩です。
次回は南三陸町の報告をします。
うれしい出来事
先日早朝、大学の用事で東京へ行くためにシJRに乗りました。私の席の向かいに、母校の高校生が5~6人が座っていましたが、年配の女性が三人乗り込んでくると、全員がさっと席を空けてくれました。そのことに対して、女性たちが大変喜ぶという微笑ましい出来事を久しぶりに拝見しました。「わが母校未だ顕在なり!」で、こんな時代でもしっかりした(態度、表情がさわやかな)子供達がいることを実感しました。
「育てたように子は育つ!」若い親御さんは、これから長期にわたって子どもを育てるわけですが、この子供達のような立派な子供に育てて下さい。子供のためにも命がけで「仕事」「家庭」「個人」それぞれを大切にすることです。その時その時を真剣に生きていくことだと思います。
次年度新卒内定決まる!
次年度に入社する大卒の内定者が決まりました。今のところ女性1名、男性3名です。本年度の会社説明会に86名の大学生が参加してくれました。東濃西部の3市からの応募が年を追うごとに多くなり、わが社もだんだんと地域からも認められるようになってきたように思われます。特に、中長期の事業発展計画書を作成したころから、会社のビジョンや存在感、目的、目標が明確になり、事業の多角化を進めてきたことが大きな原因の一つのようです。
皆さん承知のように、『みんなで、地域社会、お客様から、強く必要とされる「魅力NO、1(オンリーワン)の企業、人財をめざします!』という経営理念のもと、私は本気で「人の役に立つ会社・人財」「世の中の役に立つ会社・人財」「従業員を幸せにする会社・経営者」を目指しています。会社説明会では、そのことを強く訴えています。
説明会の参加者全員に最後に感想を書いてもらいますが、ほとんどの学生が次の3つのことを書いています。
一つ目は社長や若手社員から直接話しが聞けるということです。特に上記のことを真剣に情熱をもって話しをすることが学生に受けるようです。
二つ目は、リフォーム・太陽光発電システム・コメダ珈琲店等々の多角化を推し進めていることが、わが社の将来に期待が持てると思われているようです。
三つ目は、「コメダ珈琲土岐市駅前店」のように、売上げや利益を上げるというよりも、赤字覚悟で土岐市の駅前を元気にしたり活性化することに企業が努力をする。そういう地域貢献や社会貢献に魅力を感じるようです。
以上のことから、29名が第一次・第二次の面接試験を受け、最終的に4名を採用することになりました。会社が内定を出そうとする人財は、当然優秀であり、この4名はいずれも内定を他企業でもらっており、大変その動向を心配していましたが、よくよく吟味した上でわが社を選んでくれました。当落線上の大学生の皆さんには誠に申し訳なく思っていますが、必要以上に採用することが出来なくて残念に思います。
今年の新入社員の皆さんもそうですが、「社会に出る」「会社に入社する」ということは、その人の人生や生涯を左右するものであり、経営者として責任の重大さを感じると共に、なお一層努力しなくてはと思っています。どうか、従業員の皆さん、先輩として自分以上に成長させるようにフォローをお願いします。(もちろん、期待はずれの場合もありますので、そのときは、必ず申し出てください)
研修旅行について
従業員から、台湾の研修旅行が大変楽しかったと報告を受けました。良かったと思います。経営者が一番望むことは、折角、二泊三日で旅行をするのですから、「良かった!」「楽しかった!」と言ってもらえるのが最高に嬉しい事です。
この研修旅行には「3つの目的」があると思います。
一つには「感謝祭」がお客様に対して、「一年のご愛顧のお礼を言う場、感謝の気持ちを表す場であること」と同じように、経営者(会社)が一生懸命会社のために働いている従業員に十分楽しんでもらう」ことを目的にしています。
二つ目は、「研修旅行を通して見聞を広める」ことです。普段、個人や家族ではなかなか行けない場所を選んで、二泊三日で十分にその地域や風土や文化等に触れて、勉強してもらい、自分の生涯の思い出のひとつに加えてもらえば、経営者にとって大変有りがたいです。今回は食事が会わないときもあったようですが、これは経験です。「他国の花を見て、自国の花の良さを知る。これぞ観光!」という言葉があります。「ああ!やっぱり日本の食事や景色が良いなあ!」と感じたり、知ってもらえば良いと思います。
三つ目は、普段なかな交流できない他部門間の仲間と研修旅行を通して会話をしたり、仲良くなったり、楽しんでもらえればと思います。
いずれにしても、研修旅行を通して見聞を広め、色々な体験が出来る企業はそうたくさんはありません。むしろ誇るべきことのひとつだと自負しています。これからもできるだけ永く続けていきたいと思っています。そのためにも全従業員が一致団結して、会社のため、地域のため、社会のために、そして自分や家族のために「一生懸命」「真面目に」「本気で」『素直に」努力をして頑張りましょう!
還暦を迎えました。
私は今年還暦を迎え、9月30日で満60歳になります。還暦を迎えるにあたっての各種行事も終えましたが、先日、家内が27年前に還暦を迎えた亡き父の、還暦を祝う家族写真を見せてくれました。26年前の写真ですから、みんな(26歳も)若く写っています。昨年結婚した私の長男はまだ1歳半であり、長女はまだ家内の腹の中でした。今や、8年前に父は亡くなり、母も3年前から寝たっきりです。まだまだ精神的に若いつもりでいた私も、60歳という身体があまり思うように動かなくなる年齢になりました。私の好きな「相田みつを」の詩にこんな言葉があります。
「生まれ変わり 死に変わり、永遠の命を受け継いで
いま 自分の番を生きている それが あなたの命です 私の命です」
私の長男が後を継いで、彼が還暦を迎える時には、間違いなく私はこの世に存在しません。私の番(自分の番)が終わって、彼の番(時代)になっています。そう思うと、ますます一日を大事にし、さらに充実した人生、思い残すことのない人生を送らねばと今さらながら思います。
経営の多角化を図る
昨日に続き、㈱東濃新報様のインタビューを受けたときの記事を紹介します。今回は今後の会社の方針についてです。
ー4月26日にJR土岐市駅前にフランチャイズ2号店となる「コメダ珈琲土岐駅前店」(同市泉町久尻613の16ガウディかきや1階)をオープンさせましたが、その狙いというのは昨秋、土岐商工会議所副会頭の職に就き、土岐市中心市街地活性化協議会の委員長を務めることになった。駅前の賑わい創出に、注目し、一石を投じてみた。人が集まる喫茶店の出店を起点に、駅前に活気を取り戻したい。
ー今後の会社の方針は
社会の情勢が変化し、一業種だけでは商売は限られる。多角化を図り、喫茶店をはじめ、環境や健康・介護分野へも手を伸ばしていきたい。弊社は今年創業83年目を迎える。これまで会社を育ててもらった地域に貢献し、さらに地元に根ざした会社を目指す。
以上2日間に渡って、㈱東濃新報様のインタビュー内容を紹介することで、私の思いをお伝えしてきました。
さて、石黒商事をお伝えできる催しものの一つとして、毎年秋には「大感謝祭」を開催しております。今年は10月29日(土)30日(日)です。社員はすでに準備に掛かり始めました。是非ご来場頂き、肌で石黒を感じて頂きたいと思います。
㈱東濃新報社様のインタビューを受けました。
新緑の季節、活動の5月になりました。
㈱東濃新報様は、多治見では「たじたじ」 土岐瑞浪地区では「どきどき」と皆様おなじみ東濃地方のタウン情報を発行してみえる会社です。
景気が低迷している中、資金をつぎ込んで社宅を建設したり、コメダ土岐駅前店をオープンした、私の思いをお尋ねしたいとのことで取材を受けました。 皆様にも私のブログでお伝えしていくつもりでおりましたが、そのときの取材で、私の気持ちを上手く表現して頂いたので今日はその内容をお伝えします。
ー社宅の規模は
土岐市泉町久尻にファミリー向け4棟(各3LDK)と単身者用(ワンルーム)4室の社宅計6棟を新築した。ファミリー向け1棟は、モデルルームとしてリフォーム部門で活用している。
ーこの時期に社宅を建てた理由は
石黒商事㈱の経営理念の一つに『社員とその家族が豊かで、幸せになること』がある。会社が繁栄するためには、人材が一番大切であることを、これまでの経験で確信している。今後日本は人口が減少していくなどして、かつてのバブル期のような時代が到来するとは考えられない。劇的な給与増が見込めない代わりに、福利厚生の面で社員に援助していかなければならない。その考えから社宅を建設した。格安な社宅に住んでもらい、その分お金を貯めたてもらえればと思う。
ー今までにも社宅は
既存の社宅が1棟(3世帯)あるが、これだけの規模なものを建てたのは初めて、多額な資金の投入だが、社員たちが意気に感じて仕事を頑張ってくれれば、出費した分はいずれ会社に戻ってくるものと信じている。
ー貴社の福利厚生は、ほかにどのようなことがありますか
2年に1回、全員社員とパートの一部を国内外旅行に連れて行く予定。しっかり働いている社員を大切にしたい。
ー今春、新たな人材が入りました。
大卒5人を含め、9人の新入社員が加わった。関西の大学から来た社員もいる。学生からは近年、弊社が多角経営を展開していることに興味を持っていただいているようだ。
◎企業は人なりー社員の幸福が会社繁栄
人材一番と考える、私どもの会社の福利厚生面について紹介させて頂きました。
