謹賀新年

 まず旧年中のご愛顧、ご厚情を賜りましたことを厚く御礼申し上げます。
今年もお客様とのご縁を大切にし、地域社会 お客様に強く必要とされる魅力N0,1 オンリー1の企業 人材目指し、従業員一同今以上の努力をして参ります。
本年も皆様のご多幸とご繁栄をご祈念申し上げ、倍旧のご厚誼のほど宜しくお願い申し上げます。

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2011年(平成23年度)を振り返って!

 私は今年、還暦を迎え60歳になりましたが、今年が公私共に今迄で一番忙しい年(兎年)、決して忘れる事の出来ない年であったように思います。
 新たな事業として、2月には社宅を完成させました。4月26日(火)には、コメダ珈琲土岐市駅前店をオープンさせました。10月8日(土)には、リフォームプラザ多治見店がオープンしました。そして併設して2012年2月14日(火)にはカーブス多治見店がオープンする予定です。それに伴い新たな人財がたくさん入社しました。そして極めつけが10月29日(土)30日(日)の「第8回1万人感謝祭」「東北復興祭」です。 いずれの事業も、困難を極め生みの苦しみも味わっていますが,確実にわが社の事業発展計画書に沿った、正しい道を必然的に歩んでいるものと自負します。
また決して忘れることのない出来ごとに、東日本大震災をはじめとする数々の自然災害がありました。これにに対しても、「人の役に立つ」「世の中の役に立つ」「地域に貢献する」「社会に貢献する」企業として、十分ではないかもしれませんが、一定の役割を果たすことが出来たと確信していますし、これからも継続していきたいと思います。
 商工会議所副会頭としての公の仕事も多くなりましたが、「まちづくり」、「人づくり」にも力を入れていきたいと思います。
 最後に私事として、命の恩人である「母の死」と「初孫の誕生」という大きな出来事でありました。いつも例に出しますが、「生まれ変わり、死に変わり、永遠の過去の命を受け継いで、今自分の番を生きている、それがあなたの命です。わたしの命です」過去のものとなってしまった先代(両親)に心から感をすると共に、その命を受け継いで「子」「孫」へと命を引き継ぐことが最大の使命であると思う私にとっては、息子がその役割を少し果たしてくれて、少し肩の荷がおり、それぞれに感謝をしています。
以上、今年を振り返っての感想です。先がだんだんと短くなってきた私ですが、皆さん同様、皆さん以上に充実した残りの人生を歩めるように、世の中のために引き続き頑張っていきたいと思っています。

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東日本大震災被災地を再度訪問して

11月24日(木)25日(金)の両日、山内房嘉市会議員、今井君の3人で「東北復興祭(東北物産展、土岐さんま祭り)の事業報告とその時に集まった義援金を届ける目的で「登米市」「気仙沼市」「南三陸町」を訪問しました。まず、登米中央商工会議所の仮事務所を訪問し、そして気仙沼本吉町の「徳田屋」千葉社長様を訪ね、さんま祭りで使用した醤油の提供に対する御礼と報告をしました。気仙沼市役所では、大和田総務部長様に面会し、気仙沼商会(昭和シェル特約店)を訪問し、守総務部長様に面会しました。現在までの復興状況を詳細に説明していただきました。登米市懇親会場「若寿司」を経営してみえる伊藤俊郎倫理法人会相談役からは、経営者としての生き様を知ることができ、大変勉強になりました。懇親会では阿部観光物産会長を始め、佐藤先輩、高橋久寿社長、布施登米市長夫人、途中から布施登米市長、 浅野法人会長、菊池警察署長にも加わっていただき、大変楽しい時間を過ごさせていただきました。翌日は、高台にある南三陸町の仮庁舎を訪問し、遠藤副町長にお会いし、義援金と東北復興祭のDVDを贈呈させていただきました。自宅も車も全てを流され、その中で町のために粛々と公務をされているのが大変印象的でした。
最後は登米市役所、布施市長に再びお会いし、皆さんから集まった301、656円の義援金をお渡しすることができました。
以上2日間で全ての目的や予定を果たす事がことができました。大震災後「何か私たちにできることはないか?」という想いをほんの少し達成でき、感無量であります。現地の皆様には温かい心で付き添って頂き感謝するばかりです。
今回「がんばろう東北!」「励まし続けよう東北!」のスローガンの下、協力していただいた各団体の皆様にもDVDや号外チラシを配布し、コメダや「入ってこやあ」にて「東北写真展」を続けています。写真は飲食店を中心にいつまでも飾っていただき、来年第2回東北復興祭につなげていく予定です。どうぞこれからも宜しくお願いします。

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「感謝祭」を終えて

昨日に続き今日は、感謝祭のことを主に伝えたいと思います。今年は、新しい企画も沢山加えることが出来、お客様にも満足していただくことが出来たのではないでしょうか。初日来場者は6,801名、2日目は5,385名で終日沢山の人で賑わいました。何せ1階から3階まで全ての施設を利用して、たくさんの行事を行ったことは今回が初めてのことであり、不備な点も多くあったと思いますが、次回への課題とし検討を加えていきたいと思います。
 大ホールでの各イベントも、初日のヒップホップダンス、ベリーダンス、天野良春さんのトークショー等々、2日目のバンド演奏、ソプラノ歌手鷲見さんの歌声、加藤訓音さんをはじめとする訓音社中の津軽三味線あり、そして最後はバサラで締めくくっていただきました。今回は、初日のオ-プンから2日間終了まで、終始お客様が途絶えることなく、関係者すべての人に大いに盛り上げていただきました。恒例のイシグロ屋台村やこども縁日も例年どおり大人気でした。 
1階エントランスホールで開催した「南三陸町写真展」も大震災・大津波前後の様子がよく分かり、たくさんの来場者の目を引きました。また、1階美術ギャラリーでの市民生協の試食会も沢山の人で溢れていました。
 感謝祭が終った翌日から、過去に経験したことがないほど、会う人のほとんどから大きな評価を頂いております。「これだけのイベントができるのは石黒商事さんしかいないよ!」「石黒さんは凄いね!」「従業員のみなさんがイキイキとして素晴らしいね!」等々・・・そして、沢山のお礼の手紙も頂戴しています。これに対して有頂天になったり、満足するのでなく、行ってきたことに対して、自信を持って今後の活動に活かしていきたいと思います。
「人の役に立つ」「世の中の役に立つ」「地域に貢献する」「社会に貢献する」ことを願い、「第8回1万人感謝祭」「東北復興祭」の感想とします。

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「感謝祭」「東北復興祭」を終えて

10月29日(土)30日(日)の2日間にわたって開催されました「第8回1万人大感謝祭」「東北復興祭」が無事終了しました。長い間の準備期間から当日2日まで、関係者の皆様には大変お世話になり有難うございました。
 この2日間での感想を述べてみたいと思います。
評価点でいえば「80点」、まだまだ改善すべき点はありますが、気持ち的には120%の満足です。来場者は1万人をはるかに超え、12,186名でした。もちろん過去最高であります。今年はセラトピア土岐全館借りたこと、東北復興祭を開催したこと等々による相乗効果も大きな原因の一つだと思われます。 

―東北復興祭―
「土岐さんま祭り」「東北物産展」は初めての試みで、始まるまでに非常に心配をしました。駐車場は十分にあるか、物産展は売れるか等々、感謝祭の前日は阿部登米市観光物産会長登米市布施市長婦人等9名の皆さんが、土岐市駅に到着されました。30分ほどセラトピア土岐の会場を見学され、その後懇親会を開催、和気あいあいの雰囲気の中で十分な懇親が出来たと思います。翌日感謝祭開会式に参加して頂き、東北のDⅤDを流しましたが、登米市の皆さん全員が涙ぐんでみえました。その後阿部登米市観光物産会長をはじめ全員の方からお言葉を頂戴し、会場を盛り上げて頂きました。
 セラトピア土岐の正面玄関広場で行われました「東北復興祭」の開会式でも、加藤土岐市長、高橋登米市中央商工会会長等皆さんからお言葉を頂き、NPO法人太鼓喜楽による太鼓が会場をより一層盛り上げてくれました。 

「土岐さんま祭り」
 何度も実行委員会で打ち合わせをし、道具や材料の検討を行い、「さんまの試食会」も行うほどの熱のいれようでした。結果として当日は大盛況で、大変な行列ができ2,000匹があっという間に、約3時間で完配しました。沢山のボランティア団体に駆けつけていただき、汗だくだくになって楽しそうに、一生懸命、さんまを焼いていただきました。土岐市生活学校をはじめとする沢山の女性の皆さんは、受付から大根やすだちの配布、募金活動まですべてを手伝っていただきました。また商店街や飲食店からは、プロの焼き手がたくさん集まり、素人の焼き手の皆さんを指導している姿を見て本当に感激しました。後で登米市観光物産協会の三浦事務局長さんに聞いたところ、「気仙沼でもさんま祭りを行うが、土岐市のさんまの焼き具合のほうが数段上で、感心しました。」という評価を頂きました。その場でも何人かの市民の皆さんにさんまの味を聞きましたが、「脂が乗って大変美味しい!」と一様に褒めていただきました。何かお金や時間では変えない、凄く良い気持ちになり、皆で素晴らしいことをした気がします。 

「東北物産展」
 登米市の東北物産展も終始お客様で溢れ、沢山の商品を買って頂き、商品によっては初日で売り切れるものも続出し、2日間終了時にはほとんどの商品が完売したようです。本当に参加していただいたたくさんのお客様に感謝感謝の連続です。 

 「食べて、笑って御代は募金箱へ!」のスローガンの下で行われた東北復興祭での募金活動は「30万以上」集まり、市民の皆さんの東北を励まそうという切なる願いに、頭が下がる思いでいっぱいでした。今後「東北復興祭」「土岐さんま祭り」「東北物産展」を「がんばろう東北!」「励まし続けよう東北!」を合言葉に、継続的に行うことによって、土岐市の町の活性化にもつなげることが出来ればと期待しています。                    続く

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㈱気仙沼商会様からの便り

 

 10月21日(金)に㈱気仙沼商会の高橋社長から、「激流巨震」という写真集が送られてきました。われわれが開催しようとしている「東北復興祭」の前ということで、非常に良いタイミングです。高橋社長のメッセージは、これを大きくして参加されるお客様や市民の方に披露しようと思います。また、写真集の中から文章をピックアップして、印刷をし、皆さんに配布しようと思います。大震災や大津波の凄さが少しは実感できるものと思います。「縁」というものは本当にありがたいものです。

 「東北はこれからいよいよ冬に立ち向かいます。全社員みな元気でおりますことに感謝し、心一つに、厳しい冬に立ち向かって参りますことを皆様にお誓いし、お礼とご報告にさせていただきたいと存じます」とあります。本当に頭が下がります。私はこの便りをわれわれが実行しようとしている「東北復興祭」への激励文だと思っています。「第8回1万人大感謝祭」「東北復興祭(物産展、さんま祭り)を大盛況のうち成功させることが、われわれが気仙沼商会さんの便りに報いる道だと思っています。

精一杯やります! 皆さん是非ご来場ください。

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29日さんま祭り

8月の初旬に宮城県登米市の観光物産協会を訪問したのがきっかけで、「東北復興祭 土岐さんま祭り」が、10月29日(土)午前10時から、セラトピア土岐で開かれることになりました。10月21日付け中日新聞東濃版で紹介頂いてからは、お客様やご近所の皆様から声をかけて頂くようになりました。土岐市の住民有志が2,000匹のさんまを炭火で焼きあげ、来場者に無料で配布します。東北復興にはまだまだ長い時間がかかります。東北を支援し続ける仲間の和がこれを期に広がっていくよう「励まし続けよう東北」がテーマです。当日も天気予報は晴れ!皆様のご来場をお待ちしております。

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東日本大震災被災地を訪問してー日本人の誇り

今回は自衛隊の話をします。ある観光地を見学したあとに、スーパー銭湯(長沼温泉)へ行き、わが者の女性軍に劣らない名物女性マネージャーに会い、凄いお話を聞きました。「もう今はいない自衛隊の人たちが、震災直後に各部隊に分かれて、週に1回くらい入浴にみえましたが、日本の自衛隊は戦争をしたことがないんですよね。人を殺した事もないですよね、そんな若い隊員の皆さんが、被災地で死体の発見、片付けをやっているんです。それはもう悲惨で、言葉にも出ないんです・・・・」と、 日本では自衛隊・警察・消防に頼らざるを得ないんです。そういう国や国民をまもっている公務員の皆さんを、もっともっと評価すべきだと私は思います。

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東日本大震災被災地を訪問してー登米市

その後、登米市のホテルに入り、今回のもう一つの目的である。わが社の10月にある感謝祭で同時に開催する東北物産展の情報収集のために、阿部登米市観光物産協会会長にもお越し頂き、資料を提供し、説明をさせていただきました。大変好意的で前向きに検討していただけることになりました。翌日は豊里町で夏祭りが行われていました(昼、よさこい祭 夜、ねぶた祭) 偶然にも参加することができて、会場ではテレビでよく拝見している小野寺自民党国会議員、布施登米市長、熊谷県会議員等々と名刺交換させて頂き、お話も少しさせて頂くことができました。阿部会長始めどの先生も大変気さくで温厚な表情が印象的でした。東北の人たちは概してそうなのでしょう。

 今回は短い期間でしたが、目的を十二分に達成でき、本当に有意義で勉強になった2日間ですた。関係者全ての人に感謝感謝です。

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東日本大震災被災地を訪問してー南三陸町

気仙沼から南三陸町(旧志津川町)へ向かう途中、たくさんの入り江や広い空き地等がありましたが、これらは全て集落の瓦礫が撤去されていて、説明を受けないとわからないほど何もありませんでした。

  その後、南三陸町の市街地へ入りましたが廃墟と化した一部のビル以外はほとんど何も無い状態でした。ビルの屋上に車が一台ありましたが、説明によると津波の後の引き潮で運よくそこに乗っかり助かったそうです。そうでない車や人は全て沖へ引っ張られたということです。

防波堤のほとんどは破壊され、海岸線は1m以上沈み込み、ちょうど満ち潮になりつつあり、見学中も海水がどんどん陸地まで入り込んできました。

地震後何日かたって丘の上から眺めた時には、ほとんど跡形が無くなっていて、佐藤先輩は、自分の在所がなくなっていても諦めがついたそうです。 途中で何軒かガソリンスタンドだけは営業していました。
もちろん電気が無いために自家発電で給油をおこなっていました。10箇所あったところ、今は5箇所が細々と営業しているそうです。地下タンクが無事だからであり、やはりSSは大津波であっても災害に強いことが証明されたわけです。もしSSがなかったら、多くの車両の給油は遠くまで行かなければならず、大変な時間の無駄となります。
佐藤先輩が小学生のときにチリ地震で、6メートルくらいの大津波がやってきて、数百人の犠牲者が出たそうです。先輩は小高い丘に逃げて助かったそうですが、今回はその丘の倍の高さまで津波が押し寄せ、その丘に逃げ安心していた人達はすべて犠牲になったそうです。塩害によって、ヒノキや杉林が茶色に変わっていることから何処まで津波が来たかが分かり、本当に想像を絶する怖いものだと思いました。奥のホテルが避難所になっています。テレビでも出ていました。

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